昭和38年クラウンレコードの1期生として『清らかな青春』でデビュー。
同40年『新聞少年』が大ヒットし勤労少年のアイドルとなる。
同年の「第16回NHK紅白歌合戦」に同曲で初出場。紅白歌合戦には3回連続出場。又、昭和44年にはテレビ映画『彦左と一心太助』で太助役を演じ、
好評を博し長寿番組となる。昭和57年には俺たちひょうきん族で「好きさブラックデビル」を美樹克彦とデュエット。
昭和60年には新栄プロダクションの社長に就任し、経営に謹む傍ら、TBS街かどテレビの審査員をしたり、平成2年には、当時親交の深かった千代の富士氏の1,000勝を記念して『恩義』という楽曲を自ら作曲・歌唱し、多方面での活躍をする。そして平成14年7月15日には新栄プロダクション会長で父親の西川幸男氏の喜寿を祝う会では、書籍『修羅のとき 青春のとき』(集英社刊)を著し、平成14年7月24日には『以心伝心』でクラウンレコードより復帰する。日本馬主協会連合会副会長、一般社団法人中山馬主協会会長も務める。
平成15年7月24日『大黒柱』をリリース!
平成15年 NHK連続テレビ小説「こころ」に出演。
平成22年 村田英雄のカバー曲「花と竜」「男の土俵」を発売。
出身地:浅草
趣味:競馬
特技:ゴルフ
『清らかな青春』
『新聞少年』
『大黒柱/男一代』
『夫婦咲き/お江戸浅草歌暦』
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